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日蓮宗 妙法山 法見寺
北方(ぼっけ)の七面様で親しまれて
悠久五百八十年
七面様は右手に鍵を持っておられます。その鍵は仏様の教えの宝蔵を開くと同時に私たちの心を開いて下さる鍵でもあります。 |

七面堂/全景 |
寺院、それは日本人の心の拠り所です。
当山はかつて修験阿闍梨思念の舎跡で、建長(1249~1256)頃、中山の領主太田乗明が当地に一草庵を建て、七面大明神を奉安。この七面天女の霊堂は、身延山七面山と同体同樹の御尊像にして安産子育て、疫病退散の霊神として北方の七面様と呼ばれ、毎年5月9日の大祭には近郷近在から多くの信徒を集め、日頃も多くの参詣者で賑わいます。境内には観世音像・永代供養搭、伏見妙見稲荷、矢田挿雲の句碑等があります。
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永代供養搭 |
妙法山法見寺由来
法見寺の所在する北方地域は、草創干支不詳なるも、古より葛飾郡に属し、小金領八幡庄に隷す。口伝に北家とは、天平年間淡海公の第二の御子参議民部卿、房前親王の任地なり、京に於いて君の居館は北に在る故、北家と称すと云う。
然して此の君この地に御幸ある際、仮殿を設けてお宿を玉う時、帯たる劒の七宝はめ飾るを見て俗人等、感称して宝劒と云い、館を北方殿と云う。卒に村号を北家と更称する。
其の後、建長の頃、中山太田乗明一草庵を営み、その室を移住せしより北方と更称し夫人佛果を修する故、その庵を法顕と云う。現在の法見寺是なり。日蓮宗に属し妙法山と号す。本郡中山村法華経寺の末流なり。境内に七面霊堂が安置してあり、身延山七面山と同木のご尊体にして、安産守護の霊神なり。 |

本堂
応永二十七年八月、本山六老僧日薩上人の創立なり。其の後幾百年の星霜を経て今日いたる。 (明治十六年 北方村誌より) |
交通アクセス
- 住所
- 千葉県市川市本北方3-5-16
- 交通
- ■JR総武線・下総中山駅または京成電鉄・京成中山駅より 徒歩20分
- ■s京成バス(乗り場1番)「若宮入口」下車 徒歩5分
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