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普門山 慈眼寺
「普門」とは、普(あまね)くすべての衆生を
迎え入れる門
「慈眼」とは、観世音菩薩の慈しみの眼(まなこ)
普門山慈眼寺の歴史は、今からおよそ400年前の文禄ニ年(1593)2月にさかのぼります。時代は安土・桃山時代の後期。徳川家康が江戸城に入って3年目、関ケ原の合戦の7年前にあたります。江戸の八丁堀(現在の中央区内)に、大室芬撮 という和尚が1カ寺を建立しました。そして、当時、高徳の僧として知られていた玉翁芳轉をお招きし、曹洞宗の寺として正式にひらいたのが、慈眼寺のはじまりです。
開基 : 大室芬撮和尚
開山 : 玉翁芳轉和尚 |

山門 |
「普門山慈眼寺(ふもんざん じげんじ)」の名前の由来
開創当時のご本尊、観世音菩薩にちなんで、玉翁芳轉和尚が名づけられたものです。観世音菩薩はいかなる衆生をも、一切のへだたりを超えて、慈悲の心で包んでくださいます。
「普門」とは、普(あまね)くすべての衆生を迎え入れる門。
「慈眼」とは、観世音菩薩の慈しみの眼(まなこ)にほかなりません。
慈眼寺400年のあゆみ
■八丁堀から三田への移転 慈眼寺がひらかれた八丁掘は、慶長16年(1611)、神田北寺町や芝西久保とともに、幕府によって寺区(寺院地域)に指定されました。その後、幕府による江戸城の拡張計画にともなって、先に寺区に指定された八丁堀の寺院は、三田、下谷などの特定の地域への移転を命じられました。このため慈眼寺も、寛永十二年(1635)、開創から42年目にして、現在地を拝領して移転しました。幕府による江戸城拡張は、結果的には江戸周辺の開発をうながすことにもなり、三田村の発展とともに、慈眼寺の壇信徒も増えていきました。ご本尊、観世音菩薩の慈悲を求めて、多くの人びとが慈眼寺を信仰のよりどころとしました。 |

開山・玉翁芳轉和尚の位牌 |
■相次ぐ大火・天災と慈眼寺 こうして隆盛期を迎えつつあった慈眼寺ですが、江戸中期からは、いくたびかの大火に見舞われます。文化三年(1806)丙寅の年の3月4日、芝車町より出火した火は、おりからの強風にあおられ、三田かいわいから京橋、日本橋、神田、浅草まで燃え広がる大火となりました。文化年度の大火のあと、ようやく再建なった慈眼寺を、文政六年(1823)正月12日、麻布方面からの出火による大火が襲い、またしても堂宇を焼き尽くしてしまいます。第23世彌山良天和尚の代でした。文政六年の大火からちょうど十年後の天保四年(1833)8月、江戸を大風雨が襲い、慈眼寺は堂宇倒壊という大被害をこうむりました。幕府による寺の再建許可は遅れ、本堂再建が成ったのは、じつに九年後の天保十三年(1842)6月のこと。第24世大智慧力和尚の代でした |

天保十三年の棟札 |
■明治・大正期の慈眼寺 幕末維新の動乱期を経て、明治を迎えると、寺院は神仏分離令、それにともなう廃仏毀釈のきびしい試練にさらされました。寺院の廃絶や移転が相つぐなかで、慈眼寺は第29世一関霊明和尚(北村姓)を中心に、檀信徒の浄信に支えられて試練をのりきることができました。大正12年(1923)の関東大震災では、慈眼寺は倒壊はまぬがれたものの被害は甚大でした。しかし、大典和尚は新聞に寺門開放の広告を出して罹災者を救い、かたわら、寺僧をつれて十余日間、焼け跡をめぐり横死者を弔いました。その後、大典和尚は独力で本堂・庫裏を復旧し、広く伝道教化につとめました。慈眼寺の歴史に大きな足跡をのこし、海音大典和尚は昭和12年(1937)10月31日に遷化されました |

歴代住職の墓 |
■戦災からの復興 そして現代へ 第31世海中大乗和尚の代には、第二次世界大戦という大きな試練がありました。戦争末期、東京大空襲のさいには、大火が慈眼寺の間近かにまでせまりましたが、かろうじて類焼をまぬがれました。しかし、多くの檀信徒が焼け出され、終戦後も立ち直るまでには長い時間を要し、寺にとっても苦難の時代がつづきました。昭和28年(1953)、荒れ果てた本堂・庫裏の改修が行われました。しかし、老朽化はいちじるしく、本格的な改築が悲願となりました。そして昭和55年(1980)、寺門・檀信徒の尽力によってこの悲願は達成され、慈眼寺は現在の姿に生まれ変わりました。この間、大乗和尚は、宗議会議員などを歴任して宗門の発展に貢献し、また全日本仏教会の要職を務めるなど、仏教興隆につくしました。昭和59年(1984)3月17日、示寂 |

大本山永平寺開山
道元禅師像 |
開創より四百年間、数々の苦難をのりこえて、慈眼寺の法灯が受継がれてきたことは、歴代住職と檀信徒の方々、そして地域の人びととの深い結びつきによるものです。慈眼寺はこれからも、折々の行事や日常の活動を通し、みなさまとともに歩みつづけていくことでしょう。
慈眼寺の仏像紹介
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| 慈眼観音 |
水子地蔵 |
延命地蔵 |
釈迦如来像
(降魔坐像) |
| 慈眼とやさしい御心をもって私たちに幸せをもたらしてくださる観音さまです。合同納骨室が地下に設けられています。 |
幼くして亡くなった子の霊を導いてくださるお地蔵さまです。 |
三界万霊供養のため、正徳元年に建立されました。 |
菩提樹の下で座禅をくんでおられたお釈迦さまが、さまざまな悪魔の誘惑を克服(降魔)されたときの姿とされています。 |
慈眼寺の行事
| 早朝坐禅会 |
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〇毎月第1日曜日 朝6時30分より
生姜湯 無料(初心者は6時20分より。開催日変更の時もございます。)
〇毎月第3月曜日 夕方6時30分より |
| 写経会 |
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〇毎月第2日曜日 朝8時-9時
筆ペン、ボールペン、鉛筆など筆記用具をご持参ください。 |
| 施餓鬼会 |
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5月20日 |
| 除夜の鐘 |
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12月31日 11時40分より |
慈眼寺全景
交通アクセス
- 住所
- 東京都港区三田4-3-24
- 交通
- ■JR田町駅より徒歩10分
■営団地下鉄南北線・都営三田線 白金高輪駅より徒歩6分
- ■バス
- 田町駅~渋谷駅
- 等々力~東京駅南口
- 三田五丁目下車徒歩1分
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